いといがわの民話
民話 > 風波の盗賊 (親不知)
「風波の盗賊」
 むかし、むかしのことでした。親不知の山あいに、風波という部落がありましたってね。
 むかしから、家が二戸になると、村がほろびてしまうと伝えられ、わずか三げんしかないさみしい村だったちゃんね。
 岩助は、そこを寝じろにして街道を行く旅人から、お金や品ものをうばうどろぼうの頭だった。
 岩助には、一人娘がおった。名はさよというて、それは、やさしい娘で、父親がなにをしているかもしらず、いとしまれて育った。
 さよが十三の時、つまのさだがいった。

「このまんま、さよをここにおけば、かならずお前さんの正体がわかります。おらは、それがなによりおそろしい。どうか、ほう公に出してくれんかね。」

 岩助は、さん成した。さだは、ならの実を三つあかい木綿のふくろに入れ、“おまもりだ”とゆうて、さよに持たせた。
 糸魚川の大きな塩問屋に、さよは、ほう公に上がった。さよは、ようはたらいた。主人にも気に入られ、気がやさしい上に、きりょうよしだったんで、十六になったころには、“糸魚川小町”と町のしょうが、ひょうばんをたてるほどになっておったとね。さよが、ほう公に上がって、四年の月日がたった。
 春、ふじの花が、みごとに咲き、そのあまいかおりがただよう夕ぐれのことだった。
 岩助が、のっそりもどってきたとね。

「金持ちそうなんが、なかなかこんやんで、山の登り口までおりていったらなあ、ほおれみろ、ええ着物だろう。」

 着物といい、おびといい、みんな新しい。どの着物のかたのあたりが切れ、うっすら血がにじんどった。

「お前さん、また人をきずつけてきたんかね。」
「おう、後ろからバッサリな。年は十七・八というところかな。ちらっと見たが、いとしげな娘だったわい。」

 さだは、着物をひろげた。たもとに、ごろりとなにかが入っている。あかい木綿のふくろ……。

「お前さん。」

 さだは、体をふるわした。四年前、娘のさよに持たせたおまもりだった。ならの実が三つ、ころころところがった。

「自分の娘をなんして切った。」
「そんな、ばかな。」

 さだはと岩助は、山道を転げるように走った。がけの下のふじの木の枝にひっかかって死んどる娘は、やっぱり娘のさよだったちゃんね。
 それから幾日かして、さだと岩助は、白いじゅん礼すがたに身をつつみ、娘のさよの成仏をねがって、ちりん、ちりん、とすずをならし、じゅん礼の旅に出たとね。
 夏がすぎ、秋んなり、寒い冬をむかえるころ、他の二けんの家の人は、みーんな死に、村には一人の人間もおらんようになっておった。そしてね。毎年きれいに咲いとったふじの花は、ふっつり咲かんようになったということです。


いちごさかえ申した。  

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