「小滝の獅子舞」 |
昔、昔のことじゃた。
春の暖かい日のこと、小滝の村を父と娘の親子連れが通りかかったとさ。
父親は体の具合が悪いらしく青い顔をしてトボトボと歩いておった。娘は父親を気づかって、心配顔で歩いておったとさ。
小滝からの山の坊へ抜ける大峰峠へさしかかると、父親は息をきらし一歩も歩けんようになってしまっとった。
通りがかった村の衆が心配して、
「その体では峠越えは無理じゃ。具合も悪そうだし、どこかの家で少し休ませてもらって、様子をみてから旅を続けなさるがええ」
と声をかけてくれたとさ。
親子は百姓の茂作の家にやっかいになることにしたってね。
父親は横になるとどっかり寝こんでしまい、しばらく養生せんならんかった。
娘は器量良しで気だても良かったんで、あっちの家、こっちの家とたのまれて手伝いに行き、米や野菜をもらって暮らしの足しにしていたとさ。
夏が過ぎ秋になる頃、
娘は村の若者、太助といい仲になっていたとね。そのうち太助との間にかわいい赤ん坊も生まれ、仲良う暮しておったとさ。
やがて秋が来て取り入れが始まろうとする頃、すっかり元気になった父親が娘にいうたとさ。
「三日したら旅に出るそい、支度をしておくように……」
娘は突然のことにびっくりし
「私は行きたくありません。どうぞ私を残して一人で行ってください」
今は赤ん坊もいる身、太助と二人、泣いてたのんだけん、
「忘れたのか。わしらは密命をおびた身、つらいだろうが旅立たねばならぬ」
父親はいうた。
娘は声をあげて泣き、髪をふり乱して山へ走ったとさ。
山にはいった娘は“ワッ”とひびき渡る声を上げたかと思うと獅子の姿となり踊り始めたとさ。
しなやかで気品のある勇壮な踊りは三日三晩続き、村の衆は山へ行って、その踊りにみとれたとね。
「なんと素晴らしい踊りじゃろう。まるで夢をみとる気がする」
「心が浮き立つ、みごとな踊りじゃて」
村の衆は口々にいい合い、時間の経つのも忘れて見入ったちゃんね。
やがて三日がすぎ、父親と赤ん坊を抱いた娘は
「長い間お世話になり、ありがとうございました」
と何度も礼を言い、太助と涙の別れをして大峰峠を越え行ったたとさ。
それから、
娘が獅子の姿で踊った舞が村の衆に引きつがれ“かりほ獅子舞い”として踊り伝えているそうな。
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いちごさかえ申した。 |
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