| 「大和川いなり」 | 
         
        
           昔、昔のことじゃったと、大和川村に、原といわれとる広い土地があったわいね。 
             この原を開こんして畑にしようとした時、長者の藤木という人と村のしょうの間で、いさかいがおこったんだと。 
             村のしょうは、              
            「この土地は、みんなのものだ。」              
             といい、長者は、              
            「わしのものだすけ、村の者はいっさい入っちゃなんねえ。」              
             と大きな声を出してわなった。 
             日ごろ、田んぼや畑をつくらせてもらっている長者様に目をひんむいて、でっかい声でどなられると村のしょうは小さくなって、おどおどして引きさがるよりしかたなかった。 
             そんでも村の土地が、みーんな長者様のものになってしまってはたまらず、              
            「原の土地だけでも、おれたちみーんなで守らねば。」              
             村のしょうはひそかに相談し、江戸のお役人様にうったえることにした。              
            「一時も早くうったえの手紙をとどけよう。」 
            「きっと長者さまも、だまっとらんぞ。」 
            「そうだ、少しでも早くせねば、だけん…。」              
             だれが行くか、ということになると、みんな口をつぐんで、しーんとしてしまった。江戸までの道のりを思うとかんたんに行くとはいえんかった。しばらくして若い与助がいったとね。              
            「おれが行く。少しでも若いもんの方がええじゃろう。」 
            「それはありがたい。おくれをとらんようにな。村の者の命がかかっとるんだそい…。」 
            「たのんだぞ。気をつけて行けや。」              
             村のしょうに口々にいわれ、与助は大和川から江戸にむけて、走って走って、走り続けたとね。  
             そして、熊谷に着いた時、与助はすっかりつかれてしまっとった。              
            「あと一息。村のしょうの命がかかっておるんだそい。」              
             自分にいいきかせるようにつぶやいた。 
             そしてちょっと一ぷくしてにぎり飯を食べようとした時、すぐ横に古ぼけたおいなりさんのほこらが目に入った。与助は手を合わせ              
            「どうぞこの手紙、長者様の手紙より先に江戸へとどけられますように、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。」              
             とていねいにおまいりし、竹ずつから水をのみ、おにぎりをかじった。一ぷくしているうちに、つかれとまんぷくでねむくなり、ついねこんでしまったちゃんね。 
             はっと気がつき、ふところに手を入れると、              
            「手紙がない。ちょっと前までたしかにあったんだが…。」              
             うっかりねこんでしまった自分を、歯ぎしりしてくやしがったけんど、とにかく行かんことにゃ、と江戸の役所に向かって走ったとね。              
            「大和川のもんですけんど…。」              
             与作は役人に向かっていうたと。 
             役人は、“うん”とうなずくや              
            「うったえの手紙はとどいておるぞ。」              
             といったちゃんね。 
            “そんなはすはない…”ふしぎに思ってたずねると、              
            「りりしい若ものが手紙をとどけて、『本当のつかいのものがあとから来る。』というておった。」              
             そしてつづけていうたと。              
            「もう半時もおそかったら、お前ら村のもんの負けじゃった。長者の手紙の方がおそかったんで、早くとどいたお前らの勝ち、ということになったんじゃ。あっそうそう、その若ものは“こん吉”といっとった。」              
             “こん吉”もしかしたら…与助は、熊谷のおいなりさんをおもいうかべ、“うっかりねこんでしまった自分のかわりに、手紙をとどけてくれたのは、あのおいなりさまだったのか、”と合点が行き、あ…ありがたいことよ、とうれしなみだを流して手を合わせたとね。              
             それからのこと、大和川村山崎では、今もおいなり様を大切にまつっている、ということです。 | 
            
             
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          | いちごさかえ申した。 | 
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