塩の道
千国街道(別名:松本街道)は史跡「大野のウトウ
(U字に掘りこまれた切り通りを”ウトウ”といいます。)」が残る新潟県糸魚川から長野県塩尻までの全長120キロメートルの道です。
糸魚川からは塩をはじめとする海産物等を、信州松本からは麻や煙草などを、歩荷(ボッカ)と呼ばれる人たちが牛や馬に載せて運んだことで知られています。
戦国の武将上杉謙信と武田信玄で知られる「義塩」の故事「争ふべきは弓箭にあり。米、塩に非ず」の由来となったとも言われます。
北条氏との争いにより太平洋側からの塩の供給が断たれ信州松本で塩不足の問題が深刻化した際に、これまで幾度と戦で争ってきた越後から塩が送られたというものです。 その故事にみられるように、「塩の道」は生活物資が行き交う「生活の道」でした。
道中にある「塩の道資料館」は古い民家を利用した施設で、歩荷の人達の資料が展示されています。
戦国の武将上杉謙信と武田信玄で知られる「義塩」の故事「争ふべきは弓箭にあり。米、塩に非ず」の由来となったとも言われます。
北条氏との争いにより太平洋側からの塩の供給が断たれ信州松本で塩不足の問題が深刻化した際に、これまで幾度と戦で争ってきた越後から塩が送られたというものです。 その故事にみられるように、「塩の道」は生活物資が行き交う「生活の道」でした。
道中にある「塩の道資料館」は古い民家を利用した施設で、歩荷の人達の資料が展示されています。
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